サンフランシスコ平和条約の趣旨
サンフランシスコ平和条約はどのようにして成立したのでしょうか?
これは決してマッカーサーが適当に独断と偏見で決め付けたものではありません。アメリカが中心になって日本の地理、歴史、習俗、制度など、あらゆる面にわたる調査を行い、何度も草案を書き、検討し、そして何度も書き直して成立したものです。
詳しい経緯は以下のサイトなどを参考にしてもらうとして↓
http://www.bl.mmtr.or.jp/~k-hideya/takeshima.htm
http://blog.goo.ne.jp/pandiani/e/cd0d8749a934fc781bc60f0393eb5978
http://toron.pepper.jp/jp/take/sengo/keii.html
竹島に関する大雑把な経緯をまとめると以下の通りです。
①初期の草案においては竹島は韓国側の領土として扱われていた。
②しかし調査の結果、竹島は日本に含まれるべきという考えが強くなった。
③これに対して韓国側も抗議はしたが、あっさり却下された。
そしてこのようにして1949年12月に成立した草案がこれです。↓
日本の領土は、四主要島である本州、九州、四国及び北海道並びに瀬戸内海の島々、対馬、竹島(リアンクル岩)、隠岐列島、佐渡、奥尻(中略)からなる。
上に挙げられた全ての諸島は、三海里幅の領海と共に日本に属する。
竹島もしっかり含まれています。
しかしこの書き方だと、日本が柵の中に囲い込まれるような感じで日本の心象を害するだろうとのことで、「日本が放棄する領土のみ」を書くように変更し、1951年に以下の最終草案が成立し↓
日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮に対する全ての権利、権原及び利益を放棄する。
これが正式採用された、ということです。
この流れを素直に見る限り、どんなにひいき目に見ても竹島が韓国のものにはならないですね(却下されてるし)。
しかも、これ書きながら気づいたんですが、韓国の主張する「条文に全部の島を書くわけない」式の議論をした場合、「じゃあ韓国的には何を主だった島以外の島と言い、逆にこの条文から自国の領土をどう定義するの?」という疑問にも答えられないですよね。



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