2006年4月14日 (金)

青山里

<ヽ`∀´> 3・1独立運動後、ウリナラは上海に「大韓民国臨時政府」を作ったニダ。朝鮮内部では日本の監視が強かったから、国外で抵抗運動を続けたニダ!

1920年代に入って満州と沿海州には数多くの独立軍部隊が活動していだ。彼らは日本軍警と戦闘を展開するとともに、軍資金募金、密偵の処断、親日派の粛清などの活動を行なった。このなかで最も輝かしい成果をあげたのは洪範図が率いる大韓独立軍が勝ち取った鳳梧洞戦闘と、金佐鎮が率いる北路軍政署軍などが勝ち取った青山里大捷であった。

大韓独立軍は崔振東の軍務都督府軍、安武の国民会独立軍と連合して、鳳梧洞を奇襲してきた日本軍1個大隊兵力を包囲、攻撃して大勝利を収めた。これが鳳梧洞戦闘であった(1920年)。

日本軍は独立軍に思いがけない惨敗を喫したので、韓半島に駐屯していた部隊と関東地方に駐屯中だった部隊およびシベリアに出兵中だった部隊を動員して3方面から独立軍を包囲、攻撃してきた。

ために北路軍政署軍、大韓独立軍、国民会独立軍などの独立軍の違合部隊は日本軍大部隊を迎え6日間、十数回の戦闘で日本軍を大破する輝かしい戦果をあげた(注5)。これが青山里大捷であった(1920年)。

大きな打撃を受けた日帝は、独立軍の抗戦を自分たちの植民統治に対する脅威であると判断し、この機会に満州にある韓国独立運動の根拠地を掃討しようとした。そうして日帝は、独立軍はもちろん満州に住んでいる韓国人を無差別に虐殺し、村を焦土化させた間島惨変(庚申惨変)を起こした(注6)

(注5) 青山里大捷の戦果は資料ごとに異なっていて正確に明らかにできない。大韓民国臨時政府の発表は日本軍死亡1254人、朴殷植の『韓国独立運動之血史』では約2000人、この戦闘に参戦した李範奭の『陣中露営火』には死傷者を3300人であると記録している。

(注6) 間島地方で日本軍に虐殺された韓国人は琿春県で242人、延吉県で1124人、和龍県で572人、汪県で347人、寧安県で17人、このほかの県で804人にもなった。

( -_-) これもしょせん自作自演ですね。朝鮮人を殺したのは朝鮮人です。↓

http://www.geocities.jp/nobuo_shoudoshima/jpn1_rok0-5.html

(-□-□ 「日本軍を大破」というのもウソです。実際は日本軍の戦死=11 負傷=24です。↓

http://www.geocities.jp/nobuo_shoudoshima/aoyamasato.html

http://www.geocities.jp/nobuo_shoudoshima/koreatext7.html

( `w´) そもそも話しの展開がおかしすぎ。なんで大破された日本軍がそのまま敵の本拠地に入っていって住民もろとも焦土にすることができるのかわからない。そんだけ強いんだったら楽勝で住民を守れるだろ、どう考えても。

<ヽ`Д´> 違うニダ!日本の数字は捏造ニダ!軍隊は自分のところの被害はなるべく小さく発表するものニダ!

(-□-□ しかし日本側の資料は一応公的なものです。もし死者数を偽れば、日本国民に直接影響が出ます。韓国側の資料のように、単なる口コミよりもはるかに当てになることは間違いありません。

↓当時の大韓民国臨時政府

Photo_3( ´@v@`) 間島での大虐殺については、その動機がよくわからないね。日本側は住民を守ることに正当性があるわけだから、虐殺すればデメリットばかりでなんのメリットもない。それに比べて当時の大韓民国臨時政府ってのはこんなありさまだから、武器を買う資金もない。住民を脅したり、略奪したりすれば資金が手に入る。つまり彼らはほとんどテロリストと同じような存在だったわけだ。

2006年4月13日 (木)

3・1独立運動

<ヽ`∀´> 日帝統治下最大の民族運動、3・1独立運動ニダ。

挙族的な万歳示威運動を計画しながら、たがいに連絡を取り合っていた宗教界の代表が先頭に立って、ついに1919年3・1運動を起こした。孫秉煕、李昇薫、韓龍雲など民族代表33人の名前で独立宣言書を発表し、独立を国内外に宣布した。ソウルではタプコル(パゴダ)公園に集まった各級学校学生と市民が市街地に出て万歳示威を展開した。ほぼ同じ時期に地方でも万歳示威が相次いで起こった。全民族がこれに加わり、太極旗の波と大韓独立万歳を叫ぶ喊声は全国津々浦々に拡大、波及していった。

これに大きく狼狽した日帝は、憲兵警察はもちろん、陸海軍まで緊急出動させた。平和的な示威によって正当な要求を主張したわが民族は、無差別の銃撃によって殺傷され、家屋と教会、学校などの建物が焼き払われたり、破壊されるなど激しい受難にあった(注2)。

(注2) 定州、泗川、孟山、遂安、南原、陜川などでは日帝軍警の銃撃で数十人の死傷者を出し、華城堤岩里では全住民を教会に集合させた後、監禁し、火をつけ、虐殺した。また、示威に参加したという理由で、無数の人が投獄され、日本の警察から非人遣的な残酷な刑罰を受け、数多くの人びとが命をなくした。柳寛順の殉国の事実はこれをよく物語っている。3・1運動当時、万歳示威に参加した人員は総計2,023,098人であり、日帝軍警に殺された人は7509人、負傷者は15,961人、逮捕された人は46,948人であり、破壊、放火された民家が715戸、教会が47カ所、学校が2力所であった。

(lll´Д`) 「平和的な示威」は明らかなウソモナ。建物を破壊したり焼き払ったりしたのも警察ではなく朝鮮人モナ。殺されてもしょうがないモナ。↓

http://haniwa82.hp.infoseek.co.jp/k-textbook/3-1jiken1.html

( ´Д`) 死者7509人も怪しいモナ。↓

http://www.jiyuu-shikan.org/faq/chousen/3.1.html

( ´д`)=э 堤岩里の出来事も明らかな正当防衛モナ。火をつけたのも朝鮮人モナ。↓

http://toron.pepper.jp/jp/20cf/nation/teiganri.html

( ・w・) 3・1事件の刑罰は世界一穏和だニャ。死刑は一人もいないニャ。一番重い刑で懲役三年だニャ。↓

http://toron.pepper.jp/jp/20cf/nation/31file2.html

2006年4月12日 (水)

愚民化政策

<#`Д´> 日帝の民族抹殺教育の実態ニダ!!

日帝は政治的、社会的弾圧や経済的収奪もさることながら、文化面においてもあらゆる手段を用いてわが民族の活動を統制した。

まず、教育分野では愚民化教育によって、いわゆる韓国人の皇国臣民化を策した。この目的にそって、わが民族は私たちの言葉に代わって日本語を学ぶように強制され、各級学校の教科書は彼らの侵略政策に合うように編纂された。彼らは私立学校や書堂などの民族主義教育機関を抑圧し、単なる初級の実業技術教育をとおして自分たちの植民地統治に有用な下級技術労働力の養成だけを策した。

(-□-□ 韓国の方たちは本当の愚民というものを分かっていない。アメリカの黒人奴隷がいい例です。愚民とは、字も書けず、計算も出来ない無明な人々です。つまり、「愚民化教育」という言葉そのものが矛盾しています。

( ´∀`)  愛国主義教育をするのはどこの国でも当たり前モナ。Faith_america_d_1

中日戦争以後はさらに残酷な植民地教育政策が実施された。すなわち、日帝が掲げる内鮮一体、日鮮同祖論、皇国臣民化のような荒唐無稽なスローガンのもとで、私たちの言葉と歴史の教育は一切禁止され、これに強く抗議した学校は閉鎖された。

( ´∀`) 日鮮同祖論が強いのはむしろ韓国の方モナ。↓

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog261.html

( `w´) おれさー、小学校の頃北海道にいたんだけどね。その時アイヌ人の歴史とかもやったのよ。多分東京でそういうのやる小学校ってあんまりないと思うんだけど、当時の朝鮮も日本の一部だったってことを考えれば、状況的にはこれとおんなじだと思うんだ。

( ・w・) おんなじだニャ。

( `w´) そうすると、朝鮮半島内で朝鮮の文化とか歴史とか教えるのは別に普通じゃん。

( ・w・) ふつうだニャ。

( `w´) でも同じことを東京の一部の小学校でやってたら、それって普通かな?

( ・w・) 必ずしも普通じゃないニャ。

( `w´) しかもその地方では勝手に臨時政府を作ってたりしてたわけで、そういう地方の歴史や文化を東京で教えてる一部の学校を国が閉校したら問題かな?

( ・w・) しょうがないニャ。

( `w´) そういうの以外で朝鮮総督府が勝手に学校を閉校したとかって、俺聞いたことないんだよね。

一方、国権侵奪とともに韓国人の言論・集会・結社の自由は剥奪され、そして日帝の植民統治に強く抗議する新聞はすべて廃刊させられたが、3・1運動以後には、いわゆる文化統治によって『朝鮮日報』、『東亜日報』の発行が認められるようになった。しかし、これらの民族紙は日帝の検閲によって記事が削除されたり停刊、廃刊にされ、言論人が拘束されるなど様々な迫害を受けた。

( ´∀`) 戦争末期には内地でも言論弾圧は盛んだったニャ。それどころか、朝鮮にも新聞とかがあったということは、「愚民化教育」の失敗を意味してるモナ。

日帝は民族の誇りと紐帯感を植え付けてくれている民族史を彼らの植民統治に有利な方法で歪曲した。とくに、民族史の根源ともいうべき古代史部門の歪曲が最もひどく、檀君朝鮮が否定され、韓国史の他律性と停滞性が強調され、民族史の自律性と独創性などは無視された。

(;゜∀゜)∵ ァハハハ八八八ノ\ノ\ノ\

〝(;'д゜)/゛∵ いまだに檀君王倹がいたとか言ってるよ!!!↓

http://yoshre.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/post_430c.html#comments

http://yoshre.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/post_8819.html#comments

( ^∀^)  朝鮮民族の自律性と独創性の証拠モナ!!↓

http://photo.jijisama.org/dependency.html

宗教活動も様々な弾圧を受けた。日帝のキリスト教勢力粉砕の陰謀のために、いわゆる安岳事件、105人事件が程造され、3・1運動以後には多くの教会指導者が独立運動に加担したとして逮捕、投獄された。とくに、1930年代後半以後には神社参拝が強要され、これに反対する宗教系統の学校は廃止され、キリスト教指導者は投獄された。

仏教においても寺刹令、僧侶法などが制定され多くの弾圧を受けた。天道教と大倧教などの民族宗教は日帝の監視と干渉がとくにひどく活動の自由が大きく制限された。

( ・_・) 李朝の宗教弾圧政策

1801年「辛酉教獄」=清国人宣教師の周文謨をはじめ300余名を処刑

1839年「己亥教獄」=アンベールら三人のフランス人宣教師をはじめ200余人を処刑

1846年「丙午教獄」=金大建ら20余人を処刑

1866年「丙寅邪獄」=9人のフランス人宣教師と、数千人のカソリック教徒を逮捕&処刑

1865年から3年間=約8000余人のカソリック教徒を処刑

(lll´Д`) 両方書かないと公平な判断ができないモナ。

【参考】

http://toron.pepper.jp/jp/20cf/nation/danatu.html

2006年4月11日 (火)

食料の収奪

<ヽ´w`> 日帝の食料収奪にあって朝鮮の農民は風前の灯火ニダ。

第1次世界大戦に参戦し、資本主義の基盤を急速に成長させた日帝は、高度成長のためにわが国に対する経済的収奪をいっそう強化した。

日帝は、工業化の推進による食糧の不足分をわが国から搾取しようとする、いわゆる産米増殖計画を立て、これをわが農村に強制した。1920年から15年計画で推進された産米増殖計画は、920万石を増産するという無理な目標を設定したために、増産量を達成することができなかった。ために日帝は土地改良事業をとおして増産をはかるが、この計画も目標どおりに達成できなかった。

しかし、米穀収奪だけは目標どおりに遂行したために、わが国の農村経済を破綻に陥れた。増産量よりはるかに多い量の米穀を収奪したので、わが農民は食糧事情が極度に悪化し、飢餓線上に苦しむようになった。

(中略)

(´□-□ ここに書いてある「米穀収奪」によって日本が利益を得るためには、日本は完全な社会主義体制の国でなければならないのです。しかいしご存知の通り日本は太平洋戦争末期を除いて、ずっと資本主義国でした。しかもこの「米穀収奪」によって、日本人が何らかの形で利益を得た形跡は一つもありません。それどころか、日本国内では朝鮮米の流入によって米価が下がり、朝鮮米の流入を規制すらしていました。「米穀収奪」は日本にとって百害あって一利なし、であって、しかも不可能なことでもあったことが分かります。

<#`Д´>/ 違うニダ!朝鮮から奪った米を輸出して利益を得ていたニダ!

( `w´) だとすると略奪されてたのが朝鮮人だけと考えるのは余計おかしいな。当時は東北地方でも娘の身売りとかがあったわけだから…。日本人が搾取してたってよりも、資本主義的収奪だと考えなくちゃ筋が通らない。

(ヽ´_`)  そしてそれは、当時の朝鮮人にだけ例外的に起こったことではないナリ。世界中どこにでもあった不幸ナリ。

( ゜∀゜) つまり韓国は、反日ではなく反資本主義を訴えてることになるモナ!

( ´∀`) 本当は米以外に売るものがない朝鮮の農民が、現金収入がほしいから自分の食べる分を削ってでも売ってただけモナ。これを見た日本政府は緊急雑穀輸入措置をとったこともあるモナ。

第1次世界大戦以後、アメリカの産業は技術の発達と企業の合理化によって生産力が高まった。しかし、商品の購買力が生産量に追いつかず、供給過剰現象をまねき、1929年ニューヨークの証券市場で株価が急落し、経済恐慌が起こった。この恐慌は急速に世界各国に波及し、経済破綻をもたらした。

(中略)

日帝の経済侵奪は1930年代に入って新しい様相で展開した。日帝は産米増殖計画が困難に直面すると、工業原料増産政策に方向を換え、綿花の栽培と綿羊の飼育を試みる、いわゆる南綿北羊政策を立て、これをわが農村に強要した。

( ゜∀゜) さて、ここで問題!なぜ日本は自分にとって何の利益もない朝鮮米増産や南綿北羊を推進したのでしょうか?

( ^∀^)/ はーいはーい!!朝鮮人のためモナ!!

<#`Д´> 違うニダ!!朝鮮人は韓日併合によって労働時間が倍増したニダ!!←事実

( ´゜v゜`) それは今までが怠けすぎだっただけじゃないの?↓

http://photo.jijisama.org/OldKorea.html

(;゜Д゜) 仕事は午前中で終了……!!

(-□-□ 当時は朝鮮人=日本人でした。まさに内鮮一体の時代でした。それは考えようによっては「余計なお世話」であり、朝鮮の文化をないがしろにするものだったのかもしれません。しかしそれによって、当時の朝鮮人は日本人と同レベルの福祉を受けることが出来ました。総督府の経営は大赤字でしたが、それでも朝鮮に投資したのは朝鮮を植民地としてではなく、自分たち日本人と同類と考えたからこそです。

(-@-@ 当時の朝鮮人が搾取されていた、という主張は、朝鮮が植民地だったに違いない、という妄想の上に築かれていると言っていいでしょう。植民地化というのは、被支配民を牛や豚と同じ扱いにすることなのです。内鮮一体論による皇民化教育の存在を認めると言うことは、朝鮮はもはや「植民地」ではない、ということを認めることでもあるのです。

( ・_・) 収益-費用=利益。人件費=費用。人件費の極小化=人を豚扱い。本当に植民地だったら、現地人は単純労働でこき使って、教育や指導みたいな無駄な投資はしないよね。

( `v´) 指導→× 監視→○ になるね。

【参考】

http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=00742617&TYPE=HTML_FILE&POS=1&LANG=JA&TOP_METAID=00742617

http://toron.pepper.jp/jp/20cf/agri/kr-agri.html

http://toron.pepper.jp/jp/20cf/agri/pusanag.html

http://toron.pepper.jp/jp/20cf/agri/ugaki.html

http://toron.pepper.jp/jp/20cf/agri/ryutsuu.html

http://toron.pepper.jp/jp/20cf/agri/isyutumai.html

http://toron.pepper.jp/jp/20cf/agri/kyoukyu.html

http://www.ier.hit-u.ac.jp/COE/Japanese/online_data/korea/k1-5A-C.htm

http://toron.pepper.jp/jp/20cf/touchi/jinkou.htm

http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/honbun/nikkan5.html

http://www.tamanegiya.com/tyousenn-kome-.html

http://www.tamanegiya.com/goutou-.html

http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/resi022.html

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_2/jog056.html

2006年4月10日 (月)

産業の侵奪

朝鮮総督府はわが農民を没落させる土地調査事業以外にも、林業、漁業、鉱業など産業全般にわたって徹底した搾取政策を行なった。そうしてわが国の産業経済活動は日帝が設立した金融組合、農工銀行などによって統制された。それだけでなく、日帝は民族企業を規制するために会社令を制定・公布した。会社令は企業の設立を総督の許可制にし、許可の条件に違反するときには総督が事業の禁止と企業の解散を命じられるように規定した。こうして韓国人の企業活動が抑圧され民族産業の成長が阻害されれ鉄道・港湾・通信、航空、道路などは朝鮮総督府と日本の大企業が独占し、人参、塩、煙草などは朝鮮総督府が専売した。そのために民族資本は萎縮し、経済発展の道も閉ざされた。

(-□-□ ここでは会社令と専売制によって朝鮮の民族資本の成長が妨げられた、と書かれていますが、これは根拠のない誇張、あるいはウソです。

( `w´) まず会社令ってのはね、朝鮮人を排除するためじゃなくて、守るために作ったんだよ。当時の朝鮮人は、会社ってものをイメージすることすら出来なかったんだ。だから実際悪い日本人がね、朝鮮人から金だけ出させてトンズラしちゃうような話があったんだよ。それで「こりゃまずい」ってんで会社令を出したってわけ。

( ・w・) 実際朝鮮人の会社設立数も着実に伸びてるニャ。↓

【会社令による設立会社数】

日本企業 朝鮮企業   合計 
併合以前 172 28   200
1910-1915 96 28 124
1916-1920 302 101 403

小林英夫編、「植民地への企業進出、朝鮮会社令の分析」

( `w´) まあ、審査してたのは日本人だから、疑われてもしょうがないけどな。でも、少なくとも「経済発展の道も閉ざされた」って言うのはウソだな。

(-@-@ 専売制に関しては当時の総督府が行った専売制の実態を全く理解してないですね。

( `w´) まあな、塩とかにしても終戦まで朝鮮の製塩業者は存在したしね。

( ´@v@`) それどころか、当時価格競争力の高かった中国塩に対して輸入規制をかけて、朝鮮塩の保護政策も行っていますね。

( ・w・) 専売制=国の独占ではないニャ。

1920年代中盤に入ると、日本人の資本投資は軽工業から重工業分野に移っていった。1926年威鏡道に赴戦江水力発電所が完成し、翌年にその電力を利用した朝鮮窒素肥料工場が興南に建てられると、重工業への投資が活気をおびはじめた。とくに、1930年代には日本が満州と中国を侵略することによって、わが国は軍需物資を供給する兵姑基地になり、日本人の重工業投資がさらに増加するようになった。

林業分野でも山林令による林野調査事業が実施され、莫大な国・公有林と所有主が明確でなかった林野がほとんど日本人の手に移り、林野全体の50%以上は朝鮮総督府と日本人に占奪された。

( ´Д`) 何度も同じこと言わせるんじゃないモナ。大韓帝国の土地→日本の土地モナ。併合というものがどういうものなのか全くわかってないモナ。こんな記述で納得してしまう韓国の子供が心配モナ。

漁業分野での侵奪も例外ではなかった早くから韓国海岸に侵入し、わが漁民より優れた船舶と器具で多くの漁獲高をあげていた日本漁民は、1910年以後朝鮮総督府の後援の下でわが漁場を独占した。総督府は漁業令を公布し、日本漁民の成長を支援し、わが漁民の活動を抑圧した。こうしてわが漁民は奪われた漁業権の回復と守護のための抗争を全国の漁場で熾烈に展開した。日本の漁獲高が一時世界第2位を記録することができたのは、わが国の主要漁場を独占支配したためである。

(lll´Д`) 総督府が朝鮮人の漁業を抑圧したなんて証拠はどこにもないモナ。独占もしてないモナ。

朝鮮総督府は鉱業においても全国の鉱産資源を広い範囲で調査し、わが民族の鉱業活動を制約する鉱業令を制定、公布した後・日本人財閥に多くの鉱山を渡した。とくに、第1次世界大戦によって軍需鉱産物の需要が激増すると、この需要を充当するために、本格的に鉱産物略奪が行なわれた。こうして日本の大財閥が鉱業に参加し、生産物の大部分は日本へ搬出された。

( ´@v@`)朝鮮の多くの鉱山は、日本が本格的に調査するまでほとんど知られていませんでした。併合直後の1911年の朝鮮人の鉱山は全体の3%に過ぎませんでした。また、既存の鉱山のほとんどは、外国に売られていました。鉱山令のおかげで、こうした外国資本の鉱山が戻ってきたのです。

(´・v・) 北海道の石炭を東京に搬出→○ 朝鮮の資源を日本に搬出→× ここでも、日韓併合の意味が分かってません。

【参考】

http://hosi.org/k/p/m/debate.cgi?log=&dir=korea/history/modern/modernization/industry&v=2&e=CGI&lp=2&st=0

http://www.soc.hit-u.ac.jp/thesis/doctor/00/summary/tanaka_m.html

http://toron.pepper.jp/jp/20cf/kougyou/kaisharei.html

http://blog.livedoor.jp/tkknrak/archives/cat_1439232.html

http://toron.pepper.jp/jp/20cf/agri/zourin.html

http://toron.pepper.jp/jp/20cf/agri/terauchi.html

http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=00474197&TYPE=HTML_FILE&POS=1&LANG=JA&TOP_METAID=00474197

http://toron.pepper.jp/jp/20cf/kougyou/kouzan.html

http://www.geocities.jp/vivelejapon1945/annexion.html

http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/99-3/Kajii.htm

2006年4月 9日 (日)

土地の略奪

ノ;´Д`>ノ ウリナラの土地は全て日帝に奪われていったニダ!

国権被奪後、各種産業は日帝の植民地経済体制に改編された。そのなかでも核心的なのは、農業部門で行なわれたいわゆる土地調査事業で、その目的は全国的な土地略奪にあった。国権強奪以前に、すでにわが国での日本人の土地所有を認める法令を制定していた日帝は、引き続き土地調査令を発表し、莫大な資金と人を動員して、全国的な土地調査事業を行なった。そして近代的所有権が認定される土地制度を確立すると宣伝した。

(-@-@ 略奪略奪って言ってるけど、合併されるまでまともな土地調査が行われなかったことの方が問題だよね。近代化を目指してたんならそれぐらい当たり前なんだけど…。

これによって、わが農民は土地所有に必要な書類を具備して定められた期間内に申告する場合のみ所有権を認められた。しかし、当時、土地申告制が農民に広く知られておらず、申告期間が短いのに比べ手続きが複雑なので、申告の機会をのがした人が多かった。日帝が申告手続きを複雑にしたのは、いうまでもなく韓国人の土地を奪い取るための手段であった。また、農民のなかには日帝の施策に協助したくないという民族感情のために申告を故意に忌避し、申告されない土地が多かった。

( ´・ω・`) 手続きの方法が万全でなかったのは確かに問題があったよね。申告漏れで土地を失った人はかわいそうだね。

<;´Д`> アイゴーー!!日帝にだまされたニダ!!

(´・_・) 全体の0.5%程度だったとは言え、かわいそうだね。

( `w´)  ただ、当時土地を持ってたのは両班だけだったけどな。

日帝はこのような未申告地はもちろん、公共機関に属していた土地、村や門中の土地と森林、草原、荒蕪地なども全部朝鮮総督府所有にしてしまった。こうした土地調査事業によって不法に奪取された土地は全国土の約40%にもなった。

全国土の40%キターーーー(∀゜)(゜∀゜)(゜∀)(  ゜)(   )(゜ )(∀゜)(゜∀゜)ーーーーーー!!!!

(;□-□ まず、公共機関に属していた土地が朝鮮総督府のものになるのは当たり前です。

( ・w・) 併合ってそういうことだニャ。

(-□-□ また、全国土の40%という数字には、調査の結果課税地総面積が増えたことを全く考慮に入れていません。さらに、未墾地なども農地として計算しており、明らかに正統性を欠いた数字です。実際に接収された土地は全体の3%程度です。

朝鮮総督府は奪取した土地を東洋拓殖株式会社をはじめとする日本人の土地会社や個人に安値で払い下げた。突如、土地を略奪された農民は日帝当局にその不当性を抗議したが、日帝当局は正当な事由がないとして無視した。

(#`д´)″総督府が東拓に土地を譲ったなんてことはない!

( ´@v@`) 両班の不当な訴えを退けたことはありますけどね。

いわゆる土地調査事業の実施は韓国農民の生活基盤を徹底的に崩した。従来の農民は土地の所有権とともに耕作権も保有していたが、土地調査事業以後、多くの農民は期限付き契約による小作農へと転落してしまった。そうして生活基盤を喪失した農民は日本人の高利貸に苦しめられ、生計維持のために火田民になったり、満州、沿海州、日本などへの移住を余儀なくされた。

(-□-□ 耕作権が取り上げられたという例は一つもありません。「日本人の高利貸」がウソなのは以前に説明したとおりです。

【参考】

http://www.geocities.jp/vivelejapon1945/annexion.html

http://members.at.infoseek.co.jp/konrot/rekisi40.htm

http://toron.pepper.jp/jp/20cf/agri/tochil.html

http://www.tamanegiya.com/toti-.html

http://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/korea-su/jkorea/shazai/2shou.html

2006年4月 8日 (土)

朝鮮総督府

<;´Д`> 多くの抵抗運動にもかかわらず、ウリナラは1910年、日帝によって国権被奪されるニダ!!

国権が強奪され、韓半島には日本軍2個師団と2万余人の憲兵警察および憲兵補助員が配置され、強力な憲兵警察統治が実施された。

日帝の憲兵警察による武断植民統治は世界にその類例のないものであった。日本の憲兵司令官が中央の警務総長となり、各道の憲兵隊長がその道の警務部長となった。そして全国各地に憲兵警察が配置され、わが民族は武力によって生存までも脅威にさらされた

憲兵警察の主要任務は警察の業務を代行すること以外に、独立運動家を捜索し処断することにあった。彼らには即決処分権がありわが民族に対し思いのままに笞刑を行なった。韓国人のあらゆる行為は憲兵警察の判断によって裁判もなく拘留されたり重い罰金が賦課された。また、一般官吏はもちろん、学校教員にまでも制服を着せ、刀を下げさせたことは威嚇的な憲兵警察統治の一手段であった。

(-□-□ 二個師団と2万人の憲兵警察というのはどの程度の兵力でしょうか?ここではこれが民族の生存が脅威にさらされるほどのものだと主張しています。しかし当時の朝鮮の人口は2000万人で、二個師団というのは約2~4万人です。つまり、当時の朝鮮半島の軍隊及び憲兵警察の規模は全部で多く見積もって6万人程度。しかも憲兵警察の約半数は朝鮮人です。さらにここに書いてある2万人の憲兵警察というのはウソで、憲兵警察は最大時で7000人程度、2万人というのは普通警察の最大時の規模です。これは人口が約1000万人の現在の東京都(人口規模=1/2 面積は言わずもがな)の警察官の数が約4万人なのと比べ極端に多かったと言えるでしょうか?また、この程度の兵力で、本当に威嚇的な統治が可能だったのでしょうか?

(;゜∀゜)∵ アハハ八八八ノヽノヽノヽノ\ノ\ノ\・・・朝鮮人弱すぎ!!!!

( ^∀^)  でかい口たたく前にせめて東京の警察ぐらい倒そうね。

その後、日帝は満州を占領し、さらに中日戦争を挑発して(1937年)、本格的に大陸侵略を強行するとともに、韓国を大陸侵略の兵站基地にした。そして、植民政策を強化し、わが民族をさらに弾圧し、あらゆる分野にわたって植民地収奪政策を強化した。

日帝はこれにとどまらず太平洋戦争を挑発した後、戦争遂行のために韓国の人的・物的資源収奪に狂奔した。それだけでなく、わが民族の文化と伝統を完全に抹殺し、韓国人を日本人に同化しようとあらゆる手段と方法を動員した。

わが民族は日帝の内鮮一体、日鮮同祖論、皇国臣民化のような荒唐無稽なスローガンのもとで、わが国の言葉と歴史を学ぶことができなかった。また、皇国臣民の誓詞暗誦、宮城遥拝、神社参拝はもちろん、はなはだしくはわれわれの姓名までも日本式に変えるように強制した。日帝はこれを拒否する人に対しては投獄、殺傷までも躊躇せず、このような政策に従わない宗教系統の学校は閉鎖された。

<#`Д´>/ ウリナラの文化を弾圧するなんて許せないニダ!!

(;´Д`)  ごめんなさい、ごめんなさい……。↓

http://photo.jijisama.org/hg.html

http://photo.jijisama.org/TextBook02.html

http://yoshre.cocolog-nifty.com/blog/cat1199492/index.html

(#`м´) 朝鮮人の政治家は何をやってたんだ!↓

http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainanajuuichidai

http://www.jiyuu-shikan.org/faq/A05.html

( ´@v@`) 当時の朝鮮人は立派な「日本人」だったんだよ。

( ・д・)  へーゴーされたんだもんね。 

また、わが民族は戦争に必要な食糧と各種物資を収奪され、わが国の青年は志願兵という名目で、また徴兵制徴用令によって、日本、中国、サハリン、東南アジアなどに強制動員され、命を失い、女性まで挺身隊という名で強引に連行され日本軍の慰安婦として犠牲になった。

<;´Д`> アイゴー!!

( ・_・) 志願兵=自ら志願する兵隊。↓

http://yoshre.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/post_e587.html#comments

( -_-) 慰安婦の証拠↓

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog106.html

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog107.html

( ´・ω・`) 徴兵制って今の韓国でもやってるよね。

( `w´) 日本国内でも「アカガミ」とか、国家総動員法で鍋釜からなにから持っていかれたりとか、大変だったからな。その理屈でいったら日本人もたくさん「強制動員」されてたことになるよな。

( ´ハ`) 朝鮮で徴用が実施されたのは終戦間際の半年ぐらいだけじゃったけどのう。

( ´ー`) 結論。朝鮮人=ヘタレ

【参考】

http://toron.pepper.jp/jp/20cf/nation/manpower.html

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%D5%C3%C4

http://www.mofat.go.kr/pdffiles/08-0j_tobe.pdf

http://toron.pepper.jp/jp/20cf/heigou/kenpei.html

http://www2.tky.3web.ne.jp/~moris/sanseiken/data/zainichi.html

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