2006年3月15日 (水)

創氏改名考

通称創氏改名と呼ばれるものは、朝鮮民族の伝統を無視する政策だっただろうか?

創氏改名とは、実際には朝鮮総督府の出した政令であり、そのような名称の法律があったわけではない。「創氏改名」という言葉は戦後の創作である。

この政令は1939年11月に発布され、翌2月に施行された。一般にこれはただ単に朝鮮名を日本名に改称することを強制する悪法と考えられがちだが、これは現実を不当にデフォルメ化した解釈であると言わなければならない。そこでまず創氏改名がどういうものだったのかを考察する前に、朝鮮と日本との家族制度の違いと、それに関連した「氏」と「姓」の違いを前提として述べておきたい。

日本では通常結婚すれば、女性は名字を変える。最近では一部のフェミニストがこれを短絡的に女性差別だなどと解釈しているようだが、それは違う。日本では「家」という存在がまず社会の基本単位として存在しており、自分がどこの家に属するかというのは日本人のアイデンティティーにおいて非常に大きな比重を占めている。その「家」は、基本的に父系によって「家系」として受け継がれる。したがって新たに別の「家」に入っていく嫁は名字を変える必要があるのである。また、ここでは「基本的に父系によって・・・」と書いたが、これは決して絶対ではなく、「婿養子」という制度も伝統的に存在しており、この場合は男の方が名字を変える。これももちろんこれも「家」という存在を意識してのものであることは言うまでもない。

これに対して朝鮮の場合には、一般に強く意識されるのは「家」であるよりもむしろ出自である。したがって、朝鮮では嫁入りしようと婿入りしようと、名字を変えることはない。そのため、一つ屋根の下で生活する家族の仲に金さんがいたり朴さんがいたりという、日本人には馴染みのない状況が生まれるのである。

それでは生まれた子供はどちらの名字になるか?これは例外なく男性の名字になる。日本では婿入りした場合、子供の名字が母方のものになったりするのとは違い、朝鮮では一つの例外もなく男性側の名字になる。というより、「婿入り」やら「婿養子」という考え方そのものがない。朝鮮においては「姓は変わらず、同姓は娶らず、異姓養わず」の三原則があるからだ。これも、朝鮮人のアイデンティティーが日本人と違い出自にあることを考えれば当然である。

このように朝鮮と日本では家族、社会、あるいは自らのアイデンティティーに関する考え方が違うため、当然名字の意味するものも微妙に違っている。そして日本人が通常使っている名字の概念を「氏」と言い、朝鮮のものを「姓」という。

さて、以上の前提を踏まえた上で、現在通称「創氏改名」と言われるものはどのようなものだったのだろうか?重要と思われる点を以下にまとめた。

1.全ての朝鮮総督府内の国民は「姓」だけでなく「氏」を持つこととなった。

2.新たな「氏」を届け出るかどうかは任意だった。

3.新たな「氏」を届ける際には自分の「姓」以外の「姓」にしてはいけなかった。

4.新たな「氏」を届け出なかった場合には「姓」がそのまま「氏」になることとなった。

5.「創氏」をした後も「姓」そのものは戸籍上残った。

6.「改名」に関しては日本風の「氏」に合わせて変更するもの意外は、裁判所による許可制となっており、手数料も取られた。

以上の内容から分かるとおり、創氏改名とは通常言われるような単純な朝鮮名→日本名の強制というわけではない。むしろ、強制されたのはそれまで朝鮮に存在しなかった「氏」という概念の強制である。しかしそれとても、いきなり完全に「姓」を捨てることを強制したわけではなく、むしろ両方の概念が並び立つような状況が生まれたというべきである。また、この時に日本名を届け出た者は、朝鮮総督府内の人口の約八割だったという。

このように法律上の強制が行われていないのは明らかだが、一部には「実際上の」強制があった、という意見もあるので以下に紹介する。

まず学校教育の果たした役割が考えられる。創氏をしない家の子供は学校に入れない(朝鮮に義務教育は施行されていなかった)とか、子供が学校で教師ににらまれるといったことが現実にあった。日本への渡航許可を出さないとか、生業のための許認可を出さないということもあった。しかし、最大の理由として、当時朝鮮も日本もすでに戦時体制下にあったことを忘れてはならない。米英との開戦は12月のことだが、中国との戦争はすでに本格化していた。日本にとって、あの戦争は、どこよりもまず中国との戦争であったことを忘れてはならない。

戦時中、日本には「隣組」というものがあった。その相互監視体制のもとで、不自由な思いをした日本人は少なくないはずである。38年の国家総動員法の成立を受け、朝鮮でも国民精神総動員朝鮮聯盟(略称「精動」)が成立し、日本の隣組にあたる「愛国班」(約十戸が標準)が朝鮮の津々浦々に設けられるようになった。「精動」の機関紙『総動員』に紹介された忠清南道のある「模範的な」愛国班の日常はつぎのようなものだという。

戸数十戸家族員数四十名の中、幼児を除き三十一名は毎朝団体的に宮城遥拝を励行し、皇国臣民の誓詞を高らかに朗誦してから、その日の仕事をはじめる。さらにこの班の申合事項としては、夫は勤労貯蓄、妻は節米貯蓄をすること。毎月の愛国日(毎月一日は興亜奉公日=愛国日と制定された)行事の後はさらに墓参も行うこと、さらに男子は奇数日、女子は偶数日に交互に夜学会に行くこと……。

つまり、植民地朝鮮では、国家への忠誠を「内地」以上にはっきりと示すことが要求されていたのである。このような愛国班が40年春には、朝鮮全土で約40万つくられ、班員は400万人に及んだ。班員とは世帯主のことなので、ほぼ全部の朝鮮人が「精動」に組織されたことになる。創氏届を出せという圧力は、多くこの愛国班を通じて行われた。にらまれたら何をされるか分からないという恐怖感が、雪崩を打って創氏届へと人々を走らせたといってよい。

(↑http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/sousikaimei.htm)

はじめの方に「創氏をしない家の子供は・・・」といったことが書いてあるが、創氏そのものは無条件に行われたのであって、この記述は間違いである。それを割り引いても、こんな書き方をすれば明らかに事実上の強制があったというとり方をするだろうが、「らまれたら何をされるかわからないという恐怖感」というのは非常に立証困難なものだし、「先生ににらまれる」というのも、実際に教師による暴力行為があったなどの証拠でも出てこない限り同様である。

「日本への渡航許可が出なかった」というのも、本当に改名との因果関係があったのかどうか疑わしい。というのは当時日本には朝鮮併合を機に、たくさんの朝鮮人が流入し、それに伴う犯罪の増加が深刻な問題となっていたからだ。現に朝鮮名の朝鮮人でも日本の大学へ行き、中将にまで上り詰めた人もいるし、これはかなり疑わしい。余談だが、もしこれが本当ならよく言われる強制連行の事実も疑わしく聞こえないだろうか?

「生業のための許認可が・・・」というのも、同様にまゆつば物である。株式会社を作ることに関しては確かに制限が加えられていたが、それはこの政令が出る前から存在していたものであり、この件とは無関係だし、当時の朝鮮人の犯罪率が高かったことなども考慮に入れるべきである。それどころか、上記記事の著者は、以下のようにも書いている。

在日一世の中には、創氏改名の思い出を聞かれて、「しかたないと思った」、あるいは「何とも思わなかった」と答える人もある。

こういった考えがどれだけの割合に達してたのかは不明だが、「創氏改名は朝鮮人の要望によって実現した」という朝鮮人の証言があるので以下に紹介しよう。

当時、朝鮮人側から改名への要望がかなりあったことは事実であった。要望は主に満州に移住した朝鮮人から出されたもので、朝鮮が歴史的に中国の属国の位置にあったことから、中国人から朝鮮人が不当な扱いを受けることが多く、「我々も日本国籍をもつ以上日本名を名乗らせて欲しい」という要請が、総督府にたびたび寄せられていたのである。(呉善花)

(↑http://www8.ocn.ne.jp/~senden97/sousikaimei1.html

強制か、要望か、一体どちらが正しいのかは不明だが、どちらにせよ物的証拠はなく、少なくとも法の上での強制が存在しなかったことだけは明らかで、反対にこれといった暴動が起きているという記録もない。また、80%以上の改名というのは現代の視点からすれば異常なようにも映るが、もし仮にこれが日本人による「見えない」強制によるものだったとしても、それに対する朝鮮人側の抵抗というものは一切見られない以上、当時の朝鮮人たちにとって、それは「命をかけてでも守るほど重要な自分たちの文化」というほどのものでもなかったことが分かる。

これらの考察を通して明らかになったのは、現在の視点と過去の視点とを区別して考えることの重要性ではないだろうか?確かに現在では、朝鮮民族は北と南に別れてるとはいえ、独自の民族意識を明確に持っている。しかし、1940年の当時においてはどうだったか?少なくとも、現在残ってる証拠からは、彼らが今ほど強い民族意識を持っていたとは言えないと思われる。つまり、少々どぎつい言い方を許されるのであれば、当時の日本支配下の朝鮮民族において、事実として8割以上の住民が日本名を持つに至ったのは、彼らの民族意識が低すぎた結果であり、それを全て日本の責任とするのはおかどちがいだということである。民族の独立というものは与えられるものではなく、自らの力で勝ち取るものである。むしろ彼らがやらなければならないのは、一方的な日本批判ではなく、自民族がなぜ一つの抵抗もしなかったのか?ということに対する反省である。そして、それは決して恥ずべきことではなく、むしろ朝鮮民族そのものの利益になることは明らかである。

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2006年2月27日 (月)

もったいない!

外国語でうまく表現できない日本語というのは多々ありますが、この「もったいない」もその一つ、というのを知って、なかなか面白いな、と思いました。通常外国語で表現できない日本語というのは、心を表す言葉が多いのです。例えば、「はかない」とか、「くやしい」とか、「なつかしい」というのがそれです。しかしこの「もったいない」というのには日本人特有の広い意味での「信仰」みたいなものが背景に感じられます。日本人は昔から物を粗末に扱うことをよしとはしてきませんでした。今では経済的な観点からこの「もったいない」行いがなぜいけないのかを説明するのが普通かもしれませんが、私にはその背景に「八百万の神」の信仰があるように思います。つまり、あらゆるものには神様が居られる、だからモノを食べるとき、あるいは利用させて「いただくとき」は、感謝して大切に扱わねばならない。と、このようにつながるのかな、と思うのです(もちろん何の確証もありませんが)。

こんなふうに言うと、「なんだ、やっぱり信仰か!しょせんその程度のものか」と思う人もいるかもしれませんが、これが大きな成果をあげている事実もここで指摘しようと思います。日本は世界でも有数の経済大国ですが、CO2の排出量は経済規模の割には少ないのです。これはオイルショックのときに日本企業が努力したからとかいろいろあるのかもしれませんが、こういった「もったいない」に代表される日本人的な伝統も、大きな役割を果たしたに違いありません。自動車でもハイブリッドの技術などで日本がリードしているところも、なんとなく象徴的なように思います。

日本はなんだかんだ言ってアメリカの属国。そのため国民はアメリカにマインドコントロールされ、何でもかんでもアメリカ的、西洋的なものの方がいいように思ってますが、こういった日本的な良さを安易に捨て去ってしまうのは危険なことかもしれません。「日本語はあいまいだ」「日本語は非論理的な言語だ」といった批判は確かにあります。でも、日本語も日本文化も、先人が築いてきた英知が詰まったものなのです。そういった日本の英知が、日本ではなく外国人によって逆に評価されている、というのは皮肉なものです。

【参考】

http://blogs.yahoo.co.jp/genkicompany/26826204.html

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2006年2月20日 (月)

皇室典範~女系はなぜダメか~

021706takeda 近頃、というよりも、紀子様の御懐妊以降、皇室典範に関する関心が急激に高まっていると思います。ブログの書き込みにもその手の記事がたくさん出ています。(特に紀子様御懐妊後約一週間くらいは全部読みきれないほどたくさんありました。)そのような記事の中には、「なんで女はダメなんだ」的な、いかにも女性的な、ヒステリックなものまで含まれていました。なるほど一部の急進的フェミニストの方にとっては、こんな女性差別的な決まりごとはほとんど「ありえない」話なんでしょう。

私はこういう主張に対しては、「またバカがたわけたことをぬかしとるわ」ぐらいに考えていましたが、先日の竹田恒秦さん(注1)が記者会見で述べられた意見は、実に単純明快、分かりやすくこれに答えるものでした。(「021706_takeda_300.asx」をダウンロード )彼は女系天皇に関し、「ダメなものはダメなのだ」といいます。まさに「目からうろこ」とはこのこと。私は、「その手があったか!」と思わず膝を叩いてしまいました。

つまりこういうことです。世界最古の木造建築、法隆寺の補修の際に、誰が「やっぱ木造は弱いから鉄筋コンクリートでいいじゃん」なんて言うのかと!2000年間(注2)続いてきた万世一系(注3)の流れを途絶えさせるというのはこれと同じ、いや、それ以上に大変なことなんだぞ!というわけです。

「女性差別だ!」「男尊女卑だ!」とキンキンうるさいフェミニスト達もほとんどの場合、「結婚したら名字変えてるじゃねーか!!」と私は言いたい。

注1:竹田恒秦さんは、旧宮家の一つ竹田家の子孫の方らしい。最近皇室に関する著書を出されているとのこと。当事者にこれほど近い立場の方がこれほどはっきりと危ないことを言っていることにまず感動した。

注2:天皇家の起源については歴史学的にどこまで辿れるか、意見の分かれるところではある。ここではアバウトに2000年としておいた

注3:天皇家は今までずっと男系だけでやってきたとされている。

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2006年2月 9日 (木)

神話の精神構造

(この記事は、「進化論は科学か?」の続編です)

Michela5souseiki 前回は、「進化論とは(ビッグバンもそうですが)現代の神話なんだ」ということを主張させていただきました。それでは、なんで人は神話を必要とするのでしょうか?その第一の仮説として、私は「まとまることの重要性」を考えます。

人は一人では何もできません。少なくとも、おそらくその辺の犬や猫がやることとそうたいした違いのないことぐらいしかできないでしょう。今のような巨大な国家ではなくとも(部族社会であったとしても)、人を集まらせるには何らかの観念が、もっと言ってみれば幻想が必要です。そのために利用されたのが神話だったと考えるのです。神話には必ず天地創造などの話があります。そうして「ほら、だから俺たちはみんな同じなんだよ」ということを納得させるわけです。

でもこれだけであれば、例えば日本人と朝鮮人がどのように違う経緯を経て誕生したのか、中国人ならどうか、といったところだけを記述すればいいはずで、「人間全体」とか「宇宙全体」といった話にはならないと思います。ただ、歴史的な記述の仕方で各民族の違いを説明していくと、「じゃあ人間そのものはどうやって成立したんだよ」とか、「そもそもこの世界そのものはどうやって成立したの?」といった問いが発生してくるはずなので、それに答えたものが神話の天地創造のところなどになってるんだろうと思います。

つまり、それだけ疑ってる人が多いというわけです。「同じ日本人だから」とか「同じ人間だから」とかって言われても、「俺とお前とは違う手足、違う脳みそで動いてるだろ?」って言いたくなります(事実そうだし)。だから徹底的に、この世の始まりとか、宇宙の始まり、といったところまで話がぶっ飛んでしまうんじゃないかと思います。

これが私が考えた第一の答えです。でも、これは暫定的な答えであって、決して決定的なものではありません。決定的な答えは永遠に出ないと思ってます。またなんか思いついたら書こうと思います。

参考文献

ものぐさ精神分析 

民族という名の宗教―人をまとめる原理・排除する原理 

進化論は科学か?

Darwin_ape 進化論ってのは科学なんですかね?今現状は進化論って生物学系の学問の延長として考えられているみたいですけど、確か私の記憶では、科学って反証可能性がないとダメだったと思うんですよ。反証可能ということは、繰り返し実験とかできないとダメってことですよね。そういう意味じゃ、進化論というのはそもそも証明することすらできないじゃないですか。歴史的な事柄というのはそもそも全部科学ではありえないですからね。そういう意味で、私は進化論とか、さらにその先にあるビッグバンとかもそうですが、これって全部現代の「神話」なんだというふうに考えています。

ビッグバン、進化論、そして歴史、この三つは全て一直線上にあるものです。そして、フランス語でhistoire(history,story=英)というのは「物語」と「歴史」の両方を表す言葉です。フランス人てのは歴史と物語を区別してないのかもしれないですけれど(あたかも日本人が「速い」と「早い」を区別できないように)、そもそも歴史と物語の明確な区別なんてつけられないわけだから、私はむしろこうした認識の方が正しいように思います。

多分、だからこそ、私たちはビッグバンや進化論の話には夢中になるんじゃないかと思います。「慣性の法則」とか「質量保存則」とかの話をされても「なんかだり~」としか感じませんけれど、進化論やビッグバンは、結局物語(神話)なんで、人の関心を引き付けるんだと思います。

神話というのは大体どんな未開社会でもあるみたいですね。これまた不思議な話です。ただ単純に生きていくためならば、神話なんかいらないはずだと思うんですが、実際はみんな神話大好きだし、どこの民族でも神話は大事にされてます。そして「神は死んだ」はずの現代でも、相変わらず進化論という「科学」とか「合理主義」の衣をまとった神話があるわけです。一体なんででしょうか?

難しそうなんで、答えは次回更新以降の宿題(俺にとっての)にします。

2006年2月 4日 (土)

神は死んだ?

人間って、自分を客観的に見ちゃいけないと思います。

どういう意味かというと、究極的には人間ってその辺の石ころと同じように存在そのものには意味がないわけですよ。

そもそも意味があるのかどうなのか、とか、自分が価値のある人間だと思いたいとか、そういう、いわゆるプライドみたいなものがあるということがそもそもとても興味深いですよね。

まあ、他人のことに関してはこのように「興味深いですよね」とか言って済ましておけばいいんです。だけど、こと自分のこととなるとそうはいかないのが人間で、何でかは別としてそういうものを求めてしまう、つまり自分が生きることの正当性とか、生きることの意味みたいなものを、どうしても求めずにはいられないのが人間です。

でも、純粋に論理的に、そんなものに対する答えが出るわけないですよね。

たとえば、一人の夫がいて、妻と家族を愛すること、そしてそれを養っていくことに生きがいを見出しているある男がいたとして、これがその男の生きがいであり、そうであるべきだと理論的に証明するに足る根拠って、何もないと思うんですよ。

つまり、それは「君が勝手にそう思い込んでるだけでしょ」といえば確かに残酷ではありますが、論理的にはその通りじゃないかと思うんです。もちろんこれは他人の目から見た場合の話ですが。

だから思い込みって意外に大事なんじゃないかと思うんですね。

というよりも、思い込みこそが人間が生きるうえでの原動力なのかなあと、私は思います。

思い込みは突き詰めれば幻想であり、幻想は何らかのエモーショナルな、はたから見たら何の根拠も意味もないところから生まれるものです。

意味のないところから意味が生まれるというのはとても奇妙というか、不思議な気がしますし、また、そういったところに私は神の正当性を感じます。

現代においては合理主義が先行し、神は完全に死んだかのように思われてますが、合理主義を突き詰めて、それを物質の世界ではなく人間の精神の世界に当てはめていくと、逆に神の存在というのが浮かび上がってくるのではないか。私は皮肉にもこのように思うのです。

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